プレス

‘聴き手と対面で 本物の音楽届けたい コロナ禍に新形式、喜びを届けたい’
「一人の聴き手のために一人の音楽家が2メートルの距離で向かい合い演奏する「1(ワン):(トゥー)1(ワン)コンサート」が11月下旬、東京・赤坂のゲーテ・インスティトゥート東京であった。新型コロナウイルスの感染拡大で演奏会の開催がままならない中、感染予防策を取りながら、生の音を直接聴衆に届けようとする試み。ドイツ発祥のユニークな演奏会を記者が体験した。
「さあ、どうぞ」。係の人の声とともに会場の扉を開けると、バイオリンを携えた女性が待っていた。今回のコンサートで演奏した一人、バイオリニストの竹原奈津さん。彼女の向かいに置かれたもう一脚の椅子が「客席」だ。白色の角材で区切った長辺2メートルほどの「結界」に足を踏み入れ腰を下ろすと、1分間、お互いに視線を交わす。この間に客の様子を見て、奏者は演奏する曲を決める。コンサートのルールのひとつだが、緊張する。
長い60秒が過ぎると、竹原さんは立ち上がり、バイオリンから物憂げな旋律を紡ぎ始めた。バッハのサラバンド。目の前から放たれる一音一音が胸に迫り、ホールに満ちる反響音とともに切々とした情感が全身を包む。続くテレマンとクライスラーの小品とともに計3曲でコンサートは終了。あっという間の10分間。大きな拍手を送りたいところだが、ルールで定められた沈黙の中、ホールを後にした。
 「コロナ禍によって音楽を含め多くのことがパソコン画面などの背後に追いやられる中、人々は今までになく本物との触れ合いを強く求めています」。こう説くのは、企画したビオラ奏者の若松美緒さん。自粛期間中、旧知の音楽家のSNSを通じてドイツで新形式のコンサートが開かれていることを知った。コロナ前の従来の形ではなく「別の着地点を見つけたい」と、出身の桐朋学園大時代からの仲間や協賛パートナーとしてドイツのサイトに掲載されていたゲーテ・インスティトゥートに声をかけ、日本での初開催にこぎつけた。
もともとは、2019年に独中部の室内音楽祭で行われたコンサート形式。感染拡大が深刻化して演奏会が軒並み中止になったことを受け、20年春から独南西部シュツットガルトのオーケストラが始め、広まった。会場は教会や画廊、菜園などさまざま。電子メールで予約すれば、短時間ながらオーケストラ団員やフリーランスの音楽家の演奏を独り占めできるコンサートは、「密」を避ける形態も相まって注目の的となった。これまでドイツ各地で3000回以上開催、フランスやオーストラリアなどでも開かれている。
 コンサートは無料で寄付金を募るが、奏者本人に払われるのではなく、例えばドイツではドイツオーケストラ財団のコロナ救済基金へと渡る。「オーケストラなどの団体に所属せず、孤立し困窮しているフリーランスの演奏家を支援したい」と述べる若松さん。今後、日本国内で開催を続けていく上で、適した財団を探しているという。
 一期一会を大切にする茶道にも通じるコンサートは音楽家側にも刺激的だったようだ。竹原さんが「一対一で聴き手を全面に感じながら演奏する体験は初めてでした」と感慨深そうに話せば、クラリネットを演奏した岩瀬龍太さんも「お客さんの雰囲気によって、こちらのテンポ感も変わりました」と驚く。若松さんは「最後のピッチカートをピアニシッシモではじいた時、聴き手の方と私の2人で『きれいな音だな』と喜びを共有できました。なぜ人間には音楽が必要なのか、根本を思い出させてくれました」と語る。
 2回目の「1:1コンサート」は21日午後2時、ゲーテ・インスティトゥート東京で開かれる。申し込みは、同インスティトゥートのホームページから。【広瀬登】」